Nights of the Knife
夜遅く、カガリを屋敷に送り届けて、そのまま泊まっていけと言われて頷いた。
よくあることなので、いつも使っている部屋で、シャワーを浴びて、ベッドにもぐり込む。
軍の宿舎だろうが、カガリの邸宅だろうが、車の中だろうが会議の待合室だろうが、どこででも熟睡できるアスランが、すとんと意識を失おうとしたそのとき、がしゃりと無断でドアが開いた。
「・・・カガリ？」
半分機能の落ちていた頭と体を無理やり動かし、つかつかと入ってきた少女を迎えたアスランは、いきなり抱きつかれて、さすがにちょっと動揺する。
・・・俺が男だって、わかってるのかな、カガリ。
それでも、しがみつく少女の腕が震えていたから、優しく背中を抱いてやって。
自分でもそれはどうだろうと思いつつ、ベッドに座らせて、髪を撫でて。
今日の会議は、確かにあまり気持ちの良いものではなかった。スピーカーの向こうの声を、アスランは聞いていることしかできなかったけれど。
それでも、カガリはちゃんと主張するべきことはしたし、立派だったと、思う。
何もかもを、一度に良くすることはできない。
それでもまだ、自分たちにはできることがある。
「お前はよくやったよ、カガリ」
「そういう話をしに来たんじゃない」
しかしカガリは、きっ、とアスランを睨み上げ、掴んだままだったアスランの夜着をきつく引き寄せた。
「なんか、寝ようとしたら、思い出して」
「何をだ？」
「お前に、殺されそうになったときのこと」
「・・・・・」
初めて会ったときのこと、か。
地球軍機のパイロットと、ザフト兵として出会った。
躊躇いなく撃ってきたカガリに、自分も躊躇いなくナイフを振り下ろそうとした。
あのとき、カガリが悲鳴を上げてくれて。
アスランの手を、止めてくれて。
本当に、良かったと思う。
「すまない」
「お前が謝ることじゃない。先に撃ったのは、私だし」
こういう潔さを、好ましいと思う。
愛しいと、思う。
「ただ、ちょっと怖くなって・・・・」
ナチュラルの女性としては、かなりの馬鹿力でぎゅうっと抱きつかれて、アスランもそっと、抱き返した。
この、柔らかな体を切り裂こうとしたナイフ。
それを、振り下ろそうとした自分。
でも、謝罪の言葉は封じられてしまったから。ただ、思いを込めて、抱きしめる。
「カガリ」
「今は私、お前しかいないから」
言われた言葉。
愛とか、恋とか、そういうものよりも。
もっと、切実な。
「だから、なんか、すごい、怖くなって」
「もう、しない」
「当たり前だ！」
ひく、ひく、と嗚咽をこぼし始めたカガリの背を撫でながら、アスランは彼女の心細さを思った。
守ってくれるはずだった父を失い、共に戦った友を失い。
兄弟（キラ）という支えはあっても、いつも側にいるわけではないから。
だから、彼女には自分しかいなくて。
自分たちは、二人っきりで。
そんな自分に、ナイフを振り上げられた記憶。
あれは殺意ですらない。プログラム通りに動く人形のような、軍人として染み付いた動きだった。
あのとき、自分はどんな顔をしていたんだろう・・・・
「・・・・しないよ」
そんなことしか言えない自分が、情けなくて、悔しい。
共に戦う仲間は、皆、去った。
自分たちは今、二人っきりで。
だから俺が、カガリを守らなくちゃいけないのに。
「大丈夫だ」
だから、俺が。
「大丈夫だよ、カガリ」
「・・・・当たり前だ・・・・・・」
矛盾した、しかしカガリらしい言葉に、少し、笑う。
「ああ、そうだな」
そのまま、離れるつもりのないらしいカガリの背を押して、アスランは一緒に毛布を被った。
泣き疲れた、それ以前にもだいぶ疲れた様子だったカガリは、すぐに寝息をたて始めた。
アスランの目蓋も、それを追うように重くなる。
好きな女の子を抱いて、何にもしないで熟睡できる自分の性質に、アスランは、少しだけ感謝した。